しゃもじ記

学歴なし、金なし、ほぼ職歴なし。新卒を捨て3年間海外を放浪したゆとりのブログ

日本を飛びだしてから帰国するまで。これまでの海外放浪の歴史を振り返ってみた その3

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こんにちは、しゃもじです。

 

お待たせしました。 

 

前回、

shamojioil.hatenablog.com 

前々回、

shamojioil.hatenablog.com

 

と続きまして今回は第三章「オーストラリア編part2」です。

 

これまでの海外放浪の歴史を振り返ってみた その3

スタンソープ仲間

 

最高な仲間に囲まれて順風満帆なファーム生活を送っていた僕達でしたが、

そんな僕らに突如不幸がやってきます…

働き始めて二週間、いきなり仕事を失う

lostthejob

 

なんと働き始めてわずか二週間で豆のシーズンが終わってしまい、

次のズッキーニの収穫が始まる二週間後までの間、

君達にあげられる仕事は無いとオーナーの口から直接

 

クビを宣告されてしまいました。

 

車を購入したばかりで、これから頑張らねばと思った矢先のことでした。

さらに車も故障。 

トヨタカムリ

さらに追い打ちをかけるように、購入したばかりの車が故障しました。

ある日、突然エンジンがかからなくなってしまったのです。

車が無いとこの町で新たな仕事をゲットすることはほぼほぼ不可能なので

僕らはやむを得ず、泣けなしのお金をはたいて町にある修理屋まで車を持って行き、

修理してもらいました。

 

仕事を得るべく、キャンプサイトに移り住む

キャビン生活

(町から20キロ離れた所にあるキャンプサイト。手前にあるキャビンで生活していた)

 

いずれにせよいち早く次の仕事を見つける必要があった僕たちは

バックパッカーのオーナーに他の仕事を紹介してくれと頼みました。

ですが時期が悪く、他に紹介できるところは今はないとあっさり断られてしまい、

あてがなくなった僕たちは知人の紹介で宿泊費用が安いキャンプサイトに移り住み

こちらで仕事を紹介してもらうことにしました。

 

しかし、結局そこでも紹介できる仕事はないと言われてしまい、

 

約3週間の間何もせず過ごすことになります

 

この期間は出費を最低限に抑えて極貧暮らしをしていました(笑)

3週間後、クビから電撃復帰!しかし待っていたのは地獄。

ファーム

(地獄のファーム生活スタート)

 

3週間後、そんな仕事が見つからずキャンプサイトでただただ過ごしていた

 

僕らの元にあのクビを宣告されたファームから突如連絡が来ました。

 

「ズッキーニのシーズンが始まったから明日からこないか?」

 

思ってもみなかったです。

 

まさかクビ宣告されたところからもう一度電話がくるなんて。

 

僕らは即答でYESと答え、その次の日からファームへと舞い戻りました。

  

しかしこれが予想外の地獄でした。

 

ズッキーニは豆の時とは違って、想像を絶する程キツかったのです。

 

ちょうど季節は夏。太陽がキツイ炎天下の下、地面に生えている

ズッキーニをしゃがみながら一定のペース(一時間に100本ぐらい)で

取り続けるという苦行ともいうべき作業をこなさなければならなくなりました。

 

取れども取れどもズッキーニは毎日元気に生えてくるので 

毎日延々とズッキーニの収穫に追われていました。

 

しかもすこしでも収穫するペースが遅いと その日にクビにされてしまうので

それはもう必死になって獲っていました。

 

そして日増しにキツさは増していき、ズッキーニに加えてパプリカの収穫まで

始まると、もう死ぬほど忙しくなりました。

 

午前中はズッキーニを獲って午後はパプリカ、夜はパッキング作業。 

ピーク時は朝の5時から夜8時まで働くこともざらにありました

 

それでも、お金とセカンドビザを取得するために必死で食らいつき、

こんな激務な仕事を年明けの1月まで働き続きました。

(よくやってたな…ホント…)

2015年1月、ようやくファーム生活終了。メルボルンを目指すことに

ドライブ

(まずはスタンソープの町からブリスベンへと向かう)

 

2015年1月、そんな地獄のファームで働き初めてから四ヶ月目に

ようやくセカンドビザの申請条件(政府指定の場所で最低3ヶ月労働すること)を

 満たすことができました。ちょうどお金も貯まり、ファームにはもう懲り懲りだった

僕たちはすぐに仕事を辞めると、一旦ブリスベンまで戻り、

そこからオーストラリア第二の都市である

 

「メルボルン」

 

を目指すことにしました。

 

メルボルンを目指し、東海岸を2500キロの旅

ブリスベンからメルボルンまで

(ブリスベンからメルボルンまでのルート。約2500キロ)

 

距離にして約2500キロ。二週間以上かけ愛車のカムリで 

ブリスベン→ゴールドコースト→ニューカッスル→シドニー→キャンベラ

といった大都市を訪れながらメルボルンを目指す旅に出ました。

 

旅の途中では数々の名所に立ち寄りました。

 

サーファーの憧れ、バイロンベイ

バイロンベイ

 

ペイントストーンが沢山あるナンブッカのビーチ

ナンブッカ

 

かの有名なシドニーオペラハウス

シドニーオペラハウス

 

世界遺産ブルーマウンテンズ

ブルーマウンテンズ

 

オーストラリア一白い砂浜が広がるジャービスベイ

ジャービスベイ

 

ワインの名産地グリフィス

グリフィス

 

参考記事

www.shamojioil.com

 

エストニア人カップルに再会

ケリーとマーティンュ

(グリフィスに住んでいるマーティンとケリー。キッシュをごちそうになった)

 

旅の途中グリフィスではバックパッカーで出会った、あのエストニア人カップル

の家に立ち寄って再会を果たし、グリフィスの町を案内してもらったりもしました。

グリフィス観光

(超田舎だったけどw)

2015年2月、メルボルンに到着

フリンダース駅

(メルボルンシティ中心地にあるフリンダース駅)

 

そうして2月末、僕たちは旅の目的地である

メルボルンに無事到着し生活の拠点を移しました。

 

メルボルンの町並みは聞いていた通りとにかくお洒落でカフェが沢山あり、

いたるところにアートが溢れていました。 

メルボルンカフェ通り

(有名なカフェ通り)

 

メルボルングラフィティ

(政府がグラフィティを公認していて、こんな壁がいたるところに)

ついに念願叶ってバリスタに!

マッシュルームベーグル

(働いていたカフェの賄い。超美味かった)

 

そんなお洒落なメルボルンの街で僕は仕事を探し始めました。

来る日も来る日もカフェにいってレジュメを配り歩き(計200枚くらい)

運良く採用が決まった郊外のとあるカフェで働き始めました。

 

そこではキッチンスタッフとして雇われて、皿洗いからのスタートでしたが、

日々空いた時間にコーヒー作りの練習させてもらいバリスタの技術を磨きました。

そしてそんな努力が実って数カ月後には、とうとう別のカフェで

念願だったバリスタとして採用してもらいました!

  

ようやく、1年と半年かかって僕の念願のバリスタになる夢が叶いました。 

その後は、いろいろあって結局辞めてしまいましたが、このカフェには

ものすごくお世話になりました。

そんな中、車がついにご臨終。しかたなく廃車に…

廃車カムリ

(運ばれていくカムリ…)

 

そんな中で突如愛車のカムリがご臨終してしまいます。

 

実はメルボルンに来てからは、全くと言っていいほど乗っておらず、

ある日久々にエンジンをかけようとしたら完全にご臨終してしまいました。

 

修理は可能でしたが、維持費が高い事に加えて保険も更新しなけばならず、 

そんなお金がない僕達は潔く業者を呼んで廃車にしてもらうことにしました。

 

半年間という短い期間でしたが、僕らの手となり足となり、

沢山の思い出を提供してくれたカムリは僕らにとって最高の車でした。

ありがとう!カムリ!

憧れのエアーズロックにも

エアーズロック

(念願のエアーズロック)

 

2015年8月、仕事も落ち着いてある程度資金に余裕があった僕達は、かねてより

オーストラリアで最も行ってみたかった場所であるエアーズロックに行ってきました!

 

一番最安のチケットでも往復700ドルと飛行機のチケットはかなりお高めでしたが

それだけのお金を払ってまでも行く価値は大いにありました。 

エアーズロック朝

特に日の出の瞬間は、想像していたものを遥かに超える程の美しさでした。 

 

生まれて初めて自然の景色に心から

 

すげえ…

 

と感動したのを覚えてます。

 

エアーズロック登山

(エアーズロック登山。ここは火星かと錯覚するほどの景色だった)

 

また、運が良く登山もできました(登山できるのは年に100日以下)

かなりスリリングでしたが、ここで見た絶景も忘れられません。

2015年8月、メルボルンを離れることに

そうして僕達は計6ヶ月間、メルボルンで充実した毎日を過ごしていたのですが、

エアーズロックに行って以来、またふつふつと冒険心が湧いてきました。

 

特にあまり人が住んでいない西海岸に強く惹かれていました。

いったいあっち側での生活はどうなっているのだろうか?

 

行って暮らしてみたい! 

 

そう好奇心に揺すぶられた僕達はいても経ってもいられず

 

早速飛行機を押さえるとエアーズロックから帰ってきてわずか2日後には

西海岸最大の都市である「パース」へと向かいました。

パースビーチ

 

今回はここまでです。

 

次回 

shamojioil.hatenablog.com